あれは、一週間の仕事を終え、疲れ果てて帰宅した、金曜の夜のことでした。いつものように、自宅マンションのエントランスを、オートロックの鍵で開け、エレベーターで、自分の部屋の階まで上がる。そして、玄関のドアの前で、カバンの中から、キーケースを取り出そうとした、まさにその瞬間。私は、自分の犯した、致命的なミスに気づきました。キーケースが、ないのです。記憶を辿ると、原因は明白でした。その日の朝、私は、いつもとは違うカバンで、出勤したのです。そして、玄関のテーブルの上に、無造作に置かれた、いつものキーケースを、そのまま忘れてきてしまったのでした。血の気が引き、全身から力が抜けていくのを感じました。時刻は、すでに深夜十二時を過ぎています。管理会社の緊急連絡先に電話をかけるも、繋がるのは、自動音声のメッセージだけ。近くに住む友人も、あいにく、旅行で不在。私は、まさに、八方塞がりの状態に陥ってしまったのです。スマートフォンで、震える手で鍵屋を検索し、二十四時間対応という業者に、電話をかけました。約三十分後、駆けつけてくれた作業員の方に、事情を説明し、身分証明書を提示して、ようやく解錠作業が始まりました。私の部屋の鍵は、防犯性の高いディンプルキーだったため、作業は難航し、結局、三十分以上かかりました。カチャリ、という、あの解錠音を聞いた時の安堵感は、今でも忘れられません。しかし、その安堵感と引き換えに、私が支払った代償は、深夜料金も含めて、三万五千円。たった一度の、うっかりミスが、私の週末の予定と、財布の中身を、一瞬にして消し去ってしまったのです。あの、寒くて、長くて、そして、あまりにも高くついた一夜は、私に、鍵の管理の重要性と、出かける前の「指差し確認」という、基本的な習慣の大切さを、骨身に染みて、教えてくれたのでした。
鍵を忘れて家に入れない私の絶望的な一夜